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マドゥモァゼル・ムウムウがゆく

芸術をやりながら古都で生きております。

こうあらねばならない。の、怖さの一例〜クリエイティブ系ときいて、何を思い浮かべますか?〜

 

 クリエイティブ系という職業の一般的なイメージは、やたらとキラキラしている。そしてその強いキラキラ感に比例するように暗い部分もクローズアップされがち。具体的には……

 

キラキラ:クリエイティブという響きのかっこよさ、才能、自由人、新しいモノを作り出せる

 暗い部分:徹夜、激務薄給、供給過多

などなど……

 

 上に挙げたなかには、実情とは違うイメージもある。

 

デザイン分野と、油画や彫刻といったファインアート分野の違いもあるだろう。

 

しかし、その職業を目指そうとする人たちはそのうち、意識的か無意識的かに関わらず、キラキラの部分を自分にかすようになる。

 

本来、色々な人がいていいはずのクリエイティブ分野の人たちが画一化されていく。

 

特にデザイン分野に進路をとった学生さんにこの傾向が強い。クライアントの潜在的要求に答えてなんぼの世界だからだろうか。外界をクライアントに見立てて、必死にデザイン系、芸術系らしい行動をとろうとする。

 

それが本当に好きならいい。

 

好きというか、そうせずにはいられないのならそれでいい。

 

でもこうしなきゃ、ああしなきゃの中に見え隠れするものが

「そうしないと(世界から)相手にされない」という不安だったとしたら、それはやめた方がいい。

一見、自由で日々をエネルギッシュに過ごしているように見えても、不安が原動力の場合、休むということが恐怖になるからだ。

息抜きすら"らしさ"にこだわるようになって無駄なこと、全然関係ないことが何ひとつできなくなる。

 

禅問答のような話になるが、人間にとって無駄というもののはとても大切で、だからこそ「無駄なことなど何ひとつない」なのだ。

 

最後に、焦ってしまうあなたへ。

 周りのキラキラした人たちを見ていると「自分もあんな風にしなくちゃ!」って思う気持ちは、痛いほどわかる。でも、あなたが羨ましいと思っているその輝きは、打ち上げ花火のように一過性のものかもしれない。そして、あなたの中には百年の時を越えていくことのできる鉱石の原石が眠っているかもしれない。

鉱石が打ち上げ花火のように光り輝くにはちょっと時間がかかるけれど、それを残念に思わないでほしい。別に積極的にキラキラしたり意識高いかんじの行動がしっくりこなくても、他の方法があるよ。ゆっくりみつけていこうね。